この記事を簡単に言うと
・・“温泉に入ると病気にならない”という本の第6弾目となる記事。

・湯治とは、温泉につかりながら病気や傷、日々の疲れを癒して元気を取り戻すこと。

・欧州など各国では“温泉療法”の研究が進められているが、日本ではほとんど行われていない。

・温泉は“生ビール”と同じで、新鮮さが重要。

・温泉は泉源に近いほど泉質を保つ。
“宝の湯”と呼ばれる温泉とは?

・温泉はつかるだけでなく、飲んだり肌に付けたりしても効力を発揮する。
ホルモンの分泌を適正化し、若返りの効果を期待することができる。

・旅館やホテルの最上階にある“展望浴場”は、実は不自然な温泉だ。





この記事は“温泉に入ると病気にならない”という本の第6弾目となります
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【湯治の効力】 湯につかり語らい、安らぐ

湯治とは、温泉につかりながら病気や傷、そして日々の疲れを癒し、元気を取り戻すことです。
私流には“心の湯浴み”(ゆあみ)と解釈しています。

心の湯浴みという一つの目的のもと、世代や性別、はたまた地域の分け隔てなく湯につかり語らい、安らぐ。
これが湯治というものの基本的な姿なのです。

したがって、混浴が当然でした。
それが自然の流儀というものでした。
老若男女が混浴し、お互いに譲り合ってお湯を楽しみ、風呂から上がった後でも、和気あいあいと談笑する。

湯治は精神的な癒しという側面がかなり強いのです。
だから、心も体も癒される。
その結果として持病が治ったとすれば、それは湯治の精神的な効力が肉体的な効果につながったということでしょう。
そして、現代人に求められているのは、まさにこのことに違いないと思うのです。

心の癒しが肉体的な治療をもたらしたとき、体の中では何が起こっているのでしょうか。
ここでもっとも大切な働きは免疫です。
投薬でもなく、ましてや外科的手段でもなく、免疫力が高められてることは、すなわち肉体に“自然治癒力”が備わったためだと考えられます。
私は自然治癒力を「生きる力」と考えています。

昔から、夏の暑さにも冬の寒さにも耐えられる「抵抗力のある心身をつくる」ことが湯治の意義だと言われてきました。
これは医学的な言葉に置き換えると「自然治癒力が高い心身をつくること」ということです。
すなわち、「生命力のある心身をつくる」ということです。

そのため、湯治の基本的な季節は1~2月にかけての「寒湯治」と、8月のお盆のころの「夏湯治」でした。
湯治によって人間に本来備わっている自然治癒力を呼び覚まさせ、白血球の機能を活性することができる。
これは「予防医学」の視点から考えると、現代社会においても活用範囲が広げられるはずです。

予防医学とは、わが国では公衆衛生と同義に用いられがちですが、本来は「健康を阻害するさまざまな要因をあらかじめ取り除く」医学のことを指します。
予防医学に相対する言葉は治療医学です。
私たちの心身に自然治癒力がしっかり備わっていれば、治療医学のお医者さんにかかる必要がないわけです。


【温泉療法】 欧州では国立大学が研究

ベルツ博士(明治政府が募った、ドイツ人内科医)の本職は、学校で西洋医学における病気の近代的研究を教えることだったのか、そのかたわらで温泉めぐりに精を出します。
ベルツ博士が草津をはじめ日本の湯治の驚異的な効果を目の当たりにするにつけ、温泉による治療効果を日本の医学者たちに喧伝(けんでん)しました。

「ただ、日本の湯治に欠けていることがある。医学的裏づけだ」
若きベルツ博士の言葉に、ドイツ温泉気候医学を導入して温泉を科学してみようという近代的姿勢が生まれます。
このことが日本の温泉療法が近代医学として歩みだす契機となり、国の肝いりで代表的な湯治場に国公立の療養病院や温泉研究施設がいくつも設立されます。

別府の九州帝国大学温泉治療学研究所をはじめ、一時は6ヶ所の国立大学で温泉医学の研究機関が活動していました。
ところが戦後、特に1960年代からの日本は、もっぱら薬依存の西洋医学一辺倒の体制が確立され、現在に至っていることは周知の通りです。

大学レベルでの温泉医学の研究機関も、国によって廃止されます。
正確に言うと、岡山大学と鹿児島大学にかろうじて残されていますが、リハビリに使用される程度です。

ヨーロッパ先進諸国の国立大学医学部に現代医学の一分野として温泉医学の研究機関があり、温泉医療に保険が使えることなども考えると、“温泉大国”日本の現状はあまりにもいびつと言わざるを得ません。
アジアでもモンゴルのように、温泉医療に保険が使える国はたくさんあります。

現代医学で治療不可能とされる病が、湯治で回復する見込みがあることを密かに信じているお医者さんは少なくないのです。
末期がんで西洋医学から見放された患者さんが、秋田県の玉川温泉に最後の望みを託すという話などはその証の一つに違いありません。

湯治への科学的アプローチを国がないがしろにし続けるなら、日本の湯治文化の保護と発展の為にも、私たち一人ひとりが湯治場を守っていかなくてはなりません。
温泉が私たちの心身を治療する効果のあることは疑いを挟む余地がないからです。
温泉が増えている事実が、そのことを物語っています。
さらなる化学的、医学的、物理的アプローチが真に待たれているのです。

【自然湧出泉の力】 おいしい生ビールと同じ

様々な成分を含んだ地下水が地表に出てきたものが“自然湧出泉”であり、それが人間に発見され、何らかの治療効果が知られて湯治場となった。
自然湧出泉のお湯は、たとえて言えば地球から私たちにプレゼントされた美味極まりない“完熟トマト”なのです。
完熟トマトは鮮度が大事です。
少しでも間をおくと、腐ってしまいますからね。

この例えかれにすれば、掘削によって自噴した温泉は“オレンジ色のトマト”の状態。
ここまでは温泉の生命力があるといっていい。
公共の温泉をはじめとする循環風呂の大半は、地下深く1000m~2000m近くも掘削し、その上自力では噴出させず、動力によってようやく採取された“青色のトマト”の状態。
これは完熟トマトのような熟成されたまろやかな味は期待できません。

自然に湧出したお湯につかると、どの泉質であっても熟成されたまろやかな感触が得られるものです。
自然湧出泉との幸福な出会い、これこそ究極の湯治場というステージだということができます。

このように自然が与えてくれた完成品をそのまま味わうことが、温泉の醍醐味の最もたるものなのです。

そのようなお湯に対して、「何も足さず、何も引かない」姿勢こそが本来、温泉経営者の原理原則です。
大気のない深くから地表に出たとたん、温泉は酸化したり窒素と化学反応を起こし始めたり、ただえさえ変質してしまいます。
そこに人間が加水したり、ましてや酸化剤とも言うべき塩素を混入したりすると、温泉はたちまち老化が促進され、ただの水以下になってしまうのです。

昔からある一級の湯治場で、遠くからお湯を引っ張ってくる所はほとんどありませんn。
温泉はおいしい生ビールと同じようなものです。
放っておいて時間が経てば、まずくなります。
とてもビールとは言えない代物に成り下がってしまいます。
温泉も生きているから、その場で鮮度を味わうという意味がお分かり頂けるでしょう。

温泉の成分が大気に触れて化学変化を起こすと、成分は違ったものになります。
この現象を“老化”と呼び、老化は“温泉力”を失うことを意味します。
このような温泉では私たちの体の細胞を活性化できないのです。


【湯質を活かす】 泉源に近いほど本質保つ

温泉は単に温かい水ではないのです。
それなら家庭風呂で間に合います。
いかに湯質を活かすか、ここに温泉経営者の力量が試されます。
なぜなら、温泉は昔から病気を治癒できるからこそ、温泉と呼ばれてきたからです。

循環風呂や塩素殺菌風呂、安易に加水する風呂…。
“入湯税”まで徴収しながら、温泉の名に値しない温泉と称するものが、私たちの周りにあまりにも氾濫しています。

浴槽の底から自然湧出する形態を“直湧き”と呼びます。
直湧きであろうと、至近距離から引き湯をするものであろうと、自然湧出のお湯を提供することが湯治場本来の務めでした。






【直湧き温泉】 希少価値の高い“宝の湯”

浴槽の底から自然湧出する“直湧き”温泉は全国的にわずかながら残されています。

・丸駒温泉 (北海道)

・入湯温泉郷 鶴の湯温泉 (秋田県)

・蔵王温泉 川原湯共同浴場 (山形県)

・湯原温泉 露天共同浴場「砂湯」 (岡山県)

・奥津温泉 奥津荘 (岡山県)

・三朝温泉 旅館大橋 天然洞窟の湯 (鳥取県)

・岩井温泉 岩井屋 源泉長寿の湯 (鳥取県)

・壁湯温泉 旅館福元屋 天然洞窟風呂 (大分県)

・地獄温泉 清風荘 混浴露天風呂

など


実際には相当の温泉好きの人でも、“自然湧出”につかったことはそうないでしょう。
ましてや、“直湧き”温泉を体験することは稀に違いありません。
この世で最も極楽に近い温泉出る直湧きが、いかに私たちの心の琴線に響く湯であるか体験して頂きたいと思います。

温泉は地球が丸ごと沸かしてくれた副作用のない特効薬でした。
私は過日、十数年ぶりに知床半島で流氷の白い海原に沈む夕日と対面してきました。
大自然と向き合うことで、素直になれる自分を取り戻したのです。

温泉も同じだと思います。
文明の利器の関わっていない温泉こそ、自然に近いものです。
その究極のものが自然湧出温泉であり、直湧きですね。
そうした湯につかっていると、方の力も心の力も抜け、自然体になっている自分を発見することができるに違いありません。


【温泉の味わい方】 つかる、飲む、肌で吸収

ではなぜ新鮮な温泉につかることが、自然治癒力を高めることにつながるか?
「温泉を味わう」という文学的な言い方を少しばかり科学してみましょう。

まずは精神的な効果が思い当たりますよね。
ぬるめのお湯につかると、リラックスして眠りたくなるというのは、副交感神経が刺激された結果、生理的な活動が抑制される為です。
また、副交感神経が活発に働くと、大切な免疫細胞である白血球の“リンパ球”が増えることが指摘されています。

別の面から見ると、脳下垂体がしげきされ、ホルモンのバランスが正常になる。
つまり、生体機能の“ホメオスタシス”(正常な体内環境を維持すること)に寄与できるということです。
この2つの効果が、直接的には免疫力を高めるということなのです。

さらに、文字通り「気持ちがいい」という状態は脳内神経伝達物質のセロトニンをよく分泌させ、幸福感を抱かせるということが最近の脳研究で明らかになっています。
長野県地獄谷の露天風呂につかっているニホンザルの幸せそうな表情を見ていると、温泉がヒトを幸福にすることが想像できますよね。

温泉を飲むことも、味わうということの一つです。
飲泉は胃腸や肝臓の働きに直接的な効力があります。
仮に不純物や毒素が消化器系から入ってきたとしても、肝臓が解毒してくれます。

もう一つ重要な味わい方は、お湯をお肌で味わうということです。
皮膚は人の体の中で、最大の臓器と言われています。
体が大気中にあれば皮膚呼吸で酸素を取り入れていますが、水中では皮膚の細胞が体内外の物質を交換しています。
皮膚の細胞を介して、浸透圧により細胞膜の内外でイオン交換にともなう物質の交換をしているのです。

体の表面を覆っている皮膚がまず、温泉の成分を取り込みます。
次いでこれが皮膚のすぐ下にある結合組織に入ります。
結合組織とは、筋肉や腱や膜などといった繊維状の組織や軟骨・骨・血液をいい、前身につながっている唯一の組織です。
血管から染み出した栄養分を細胞に届ける、いわば大地のような役割を果たしています。
もちろん結合組織に入った温泉成分は血液で体内に運ばれ、効能を発揮するわけです。

免疫力が高まるということは、自然治癒力が増すことに近いと考えていいでしょう。
病後の湯治であれば治癒力が目的となりますし、病気にかかりにくい体を目的とする場合は予防医学を実践することにつながります。

ところが皮膚から取り込まれて困ることもあります。
結合組織から体内に運ばれる成分が、体に毒となる物質だったらどうなるか?

入浴の場合は吸収されっぱなしで、飲泉の場合のように肝臓がフィルターの役割を果たして約80%が対外に排出されるというわけにはいきません。
ですから、大半の公共温泉やスーパー銭湯など循環風呂で使用されている殺菌用の塩素は、人体に有害な化学物質が温泉成分に混合される危険この上ないものなのです。


【若返りの湯】 ホルモンの分泌を適正化

昔から温泉は西洋問わず、“若返りの湯”と言われてきました。
アンチエイジングが「抗老化」の意味に使われてきたことを考えると、温泉は抗老化より進んでむしろ年齢より若くすることに大きな意義がありました。

それはホンモノの生命力みなぎる温泉につかることによりホルモンの分泌を適正にし、細胞を活性化させ、内面から若くするという意味でした。
化粧品によって皮膚の老化をカモフラージュするいわば応急的なものとは基本的に異なります。
日本人が年齢より若く見えるのは、温泉と密接な関係がありそうです。

従来の老年医学は、老化によって発症した病気を治癒することが主眼だったのですが、最近は老化にブレーキをかけ、若返りを可能にしました。

その一つが、ヒト成長ホルモンの研究。
子どもの成長に大切な役割を果たすホルモンで、このホルモンが若返りに劇的効果があることがアメリカで証明されています。

ヒト成長ホルモンは投与の他、サプリメントで分泌を刺激したり、筋肉に対する加圧トレーニングなど物理的な方法で、みずから体につくらせる方法が開発されています。

効果として、血液循環機能のレベルアップ、肌の若返り、性的能力の回復、脳活動の向上などが確認されています。

東洋医学で常識とされていたことが、アメリカでそのエビデンスを科学的にバックアップするケースが相次いでいます。

例えば、日本では「腹八分目」あるいは「腹六分目」という言葉が昔からありますよね。
食べたいだけ自由に食べるのを100として、その50~70%のカロリー摂取だと、最大の寿命延長効果が得られることが確認されています。
西洋医学の限界を確認した結果の研究なのでしょう。


【不自然な温泉】 最上階に「展望台浴場」とは

私たちが見落としがちな“不自然な温泉”の代表格は、ビルの屋上(最上階)に風呂がある、いわゆる“展望台浴場”でしょう。
考えてみれば、これほど不自然なものはありません。
なぜなら、水というものは放っておけば「高きから低きへ」流れるものだからです。

自然に任せていたら、地下から湧出する温泉が、何十mの高さまで上がるわけがありません。
動力を使って上まで運んでいます。

「下にあろうが上にあろうが温泉は温泉では?」と思う人も多いでしょう。
しかし、そうではありません。

というのは、温泉の質は一般に空気に触れる時間が長ければ長くなるほど劣化、つまり酸化されます。
化学変化を起こすんでしたね。
したがって、高い位置にある温泉ほど、そこまでに行く間にパイプの中でたくさん空気に触れ、質が落ちていると考えていいでしょう。
しかも動力を使って屋上まで上げていますから、温泉が否応なしに攪拌され、どんどん酸化し劣化します。
温泉の最大の敵は酸化されることですから、攪拌は最も避けたいものなのです。

ですから、自然湧出をもっとも理想的に浴槽まで引き湯する方法は、土地の落差を利用した“自然流下”です。
それは自然湧出、あるいは自噴した地点より、風呂を低い位置につくることにより、水は高きから低きへ流れる自然の原理にのっとって、浴槽まで温泉を引いてくれる方法です。
温泉は“文明の利器”を嫌うのです。






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