この記事を簡単に言うと
はちま起稿月間1億2000万回読まれるまとめブロガーの素顔とノウハウ【電子書籍】[ 清水 鉄平 ]という本を読んだので、その第1章についてまとめてみた。

・第1章は主に“はちま起稿”とその創設者“清水鉄平”氏の歴史について記されていた。
“はちま起稿”のはじまり、そして“清水鉄平”氏の青春時代の生き様が詳しく述べらていた。

・“ゲーム”にもの凄い興味があった清水氏。
小学生の時にハマった「スーパードンキーコング」などをきっかけに、ゲームにハマりだす。
その情熱は中学校、高校へ上がる度に増加。

・2007年、高校2年生の1学期のテストが終わった直後、僕は思いつきでブログを立ち上げ。
これが現在の“はちま起稿”の原型となる。

・高校を卒業する頃には、アフィリエイト収入が月10万円に達していた。
その収入で志望大学を目指す為に浪人生活へ。

・浪人してから“ブログ更新”への熱意はますますエスカレート。
毎日毎日更新しながら受験勉強を続け無事に志望大学に合格するも、それを蹴って東京へ状況。
ブロガーとして食べていくことを決意する。

・ブログ収益が順調にいき、父のアドバイスで“法人化”へ。
ところが…
(詳しくはブログ記事本文を参照)

はちま起稿月間1億2000万回読まれるまとめブロガーの素顔とノウハウ【電子書籍】[ 清水 鉄平 ]は、これからブログで飯を食っていこうとしている人にとって、とても参考になる本だ。

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2016年7月に、ブロガーを目指す為に会社を辞めてから早7ヶ月。
なかなかアクセスが伸びずに追い詰められているこの頃。
そんな状況で手にしたのが、今回紹介するはちま起稿月間1億2000万回読まれるまとめブロガーの素顔とノウハウ【電子書籍】[ 清水 鉄平 ]です。
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今回はその書評の第一弾。
はちま起稿というブログがどういったものなのか、そして創設者である“清水鉄平”氏はこの“はちま起稿”とどのようにして歩んできたのか。
創設者“清水鉄平”氏の素顔と経歴は?編となります。

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■はじめに
以下は、はちま起稿月間1億2000万回読まれるまとめブロガーの素顔とノウハウ【電子書籍】[ 清水 鉄平 ]の“はじめに”より。

最初に、僕の現在の立ち位置をはっきりさせたいと思います。

1 はちま起稿創設者兼元管理人
2 2ちゃんねる転載禁止騒動時にアドバイザーとなったので、それ以降、最低限の報酬をいただいている
3 広告の販売や記事内容のアドバイス、苦情への対応方針の判断やブログのデザインのサポートなどを中心に行っている
4 記事は原則書かず、書く際は、自分が書いていることを明記している
5 明確な管理人は存在せず、基本的にチームとして運営されている


こんな感じで、現在の清水氏の立場を明確にした上で本書が始まっています。
要は、当時“月間PV数1億2000万”を達成した、元プロブロガーの暴露本です。
はちま起稿は、元々はゲーム系のレビューをまとめたブログ。
そして途中から2chのまとめブログに転身した経緯があります。

2007年6月22日に個人のブログとして始まって以来、はちま起稿はどのようにして成長してきたのか。
そして、その創設者である清水氏ははちま起稿とどのような人生を歩んできたのか。
そんな内容がまとめられています。

以下は第1章の目次。
主に、はちま起稿と清水鉄平の歴史について記されています。

【第1章】はちま起稿と清水鉄平
それは、僕とゲームの物語
抗えぬ孤独に導かれ、少年は生きた証としてブログを作る
思うまま記事をはしらせてごらんなさい。きっとなにかが起こるから
進学がある、浪人がある、お金がある
お父さん、お母さん、全然勉強してないけど、ブログ更新の喜びがわかりました

ゲーム業界の空気に触れたとき、僕は定められし運命と対峙する
今までの勉強は、なかったことにしよう
ライバルという戦争相手 それは僕が手にした偶然の産物だった
忘れられない、上京になる
2ちゃんねるまとめでしか味わえない感動がある

更新の手を緩めない。僕の魂ごと、離してしまう気がするから
戦える。君と一緒なら
綺麗な嘘と、汚れた真実。それでも、僕たちは生きてゆく
激動するネットのうねりは、ボクに歩調をあわせてくれない
一難さってまた一難。危機また危機の連続だ!
変われる強さ、変わらぬ想い



■清水氏がゲームにハマった理由、そして何気なくブログを始める
清水鉄平。
1990年7月3日、北海道札幌市生まれ。
同年11月に発売されて一大ブームを巻き起こしたスーパーファミコンとは同い年ということになります。
生まれたときから世の中にゲームがあふれている世代ということもあって、物ごころついた頃にはすっかりゲームに夢中になっていました。


こんな感じの個所があります。
つまり、清水氏は他の誰とも変わりなく、そこにゲームがあって流行っていたから興味を持っただけ。
何の変哲もない少年だったのです。

そして中学、札幌でも有数の進学校である“札幌東高校”へ進学にするにつれ、そのゲームへの熱中度はますます強まることになります。

2007年、高校2年生の1学期のテストが終わった直後、僕は思いつきでブログを立ち上げます。
ブログのタイトルは“鉢巻起稿”
現在のはちま起稿の原型です。


鉢巻起稿はゲームを中心にインターネットで見つけた面白いニュースを紹介する個人ブログで、「誰も見ていなくても毎日必ず更新する、自分が毎日見たくなるようなブログにする」とう目標を掲げてました。

当時の自分にとってゲームは単なる趣味や娯楽ではなく、他社とのコミュニケーションをとるためのツールだったのかもしれません。
友達と遊ぶ機会が減ってしまった僕は、その穴埋めになるものを探していたのかもしれません。
それがブログだったのでしょう。

立ち上げたばかりの鉢巻起稿の訪問者数は、1日あたり10UU程度。
記事の質も低かったため他のブログとの相互リンクなんて恥ずかしくてできません。
個人ブログの中でもきわめてマイナーな存在でした。
アクセス数が増えないブログというのはぬかに釘打つようなもので、普通だったら早々に気持ちが折れてしまい更新を止めていたかもしれません。

しかし、僕は昔から自分の考えを発信したいという欲求が強いタイプで、2006年から3年間、毎日長文の日記を書いていたほどでした。
僕にとって鉢巻起稿はゲームに代わる新たなコミュニケーションツールであると同時に、日記の代わりに自分の考えを発信する基地だったのです。
そのためどんなにアクセス数が少なくても、苦もなく更新を続けることができました。


このような感じで、清水氏の関心は“ゲーム”と共に“ブログ”へと移ります。
ブログで飯を食っていくという不純な動機を持った私とは違い、立派な“プロブロガー”としての1歩を歩んだわけです。
その情熱、見習わないといけないですねぇ。

その後、開設当初は1日2ケタだったアクセス数は2017年の11月には10万人へ。
その後も順調に伸び続け、3ヶ月後には累計50万人、その2ヶ月後には100万人、さらにその2ヶ月後には180万にへ激増。
何ともうらやましい限りです。

その後、彼は地元から少し遠い大学へ合格。
しかし、葛藤はあったようです。

しかし、勉強しなくても入れるような大学で本当にいいのか。
独り暮らしは面倒ではないか。
という気持ちが湧き上がるようになり、そのまま進学するか、さらに良い大学を目指し浪人するか、高校卒業を目前にしてあらためて進路を考える必要に迫られました。


ブログを始めて1年を迎えようとしていた高校3年の6月頃から、はちま起稿はアフィリエイトプログラムを導入。
高校を卒業する頃には毎月10万円の収入があったようです。
なので、その収入で志望校を目指す為に浪人することを決意。

はちま起稿月間1億2000万回読まれるまとめブロガーの素顔とノウハウ【電子書籍】[ 清水 鉄平 ]


■浪人生活を通じて、“ブログ”への熱意はますます増加、そして専業のブロガーへ
志望校合格を目指して心機一転にスタートした浪人生活。
ところが、“ブログ”への熱意はますます増加します。

授業の合間にまとまった時間ができると、予備校からすぐ近くのマクドナルドへ急行。
バックから当時流行っていた小さいノートPC(ネットブック)を取り出してブログを更新していました。

授業が終わればヨドバシカメラやビックカメラといった札幌市街にある家電量販店をはしごして、ワゴンに積まれた特売品のゲームをチェックしたり、ゲームセンターへ寄り道してから帰るという毎日でした。
授業はちゃんと受けていたものの、自分で学費を払っていけるという甘えもあったのでしょう。
このときの僕は、はちま起稿のアクセス数を増やすことが最優先でした。


浪人生活が後半に差し掛かった頃、彼は東京ゲームショウ2009へ参加します。
KONAMIの小島秀夫監督やカプコンの竹内潤プロデューサーとの出会いをきっかけに、ブロガーへと道を歩み出します。
志望大学には無事に合格したものの、それを蹴って東京へ上京し、ブロガーとして食べていくことを決意するのです。

東京に単身赴任している父の元を頼り2人暮らし生活の始まり。
四六時中ブログ更新に専念し、途中から2chまとめブログにリニューアルします。


目が覚めたらすぐにPCの前に座り、2chで面白そうなネタを探し、記事を書いたらすぐに次のネタを探す。

食事にかける時間ももったいないからと、近所の弁当屋にダッシュで買いにいくか出前を取るかの2択。
ベッドで寝ると熟睡してしまうからとソファーや絨毯の上で眠り、風邪を引いて熱が出たら布団をかぶって更新。

1日が終わるのは朝のニュースをチェックした早朝4時頃。
枕元にPCを置いて寝て、午前9時に起きてまたPCに向かう…
そんあブラック企業も真っ青なブログ漬けの生活を1日も休むこともなく続けていたのです。

よく「ブロガーは楽な仕事」と思われがちですが、この部分を見る限り決してそうは言えないでしょう。
清水氏だけでなく、他のプロブロガーやアルファブロガーも然りです。
読者の見えない所で、並々ならぬ努力をしている。
そんな人種なんです。


■ブログ収益が軌道に乗り、“法人化”へ
そんな“はちま起稿”と清水氏。
ブログ収益がかなりなものになり、父親が“法人化”することを提案します。
そして、2011年6月11日「株式会社KND」を設立。
3ヶ月後にはお手伝いしてくれる記者1人を雇い入れます。

ところが…

記者の複数化に踏み切った数日後の話です。
父と2人で暮らす神田のマンションに札幌から母が訪ねてきました。

ブログという得体の知れないものにのめり込んでいく息子を、東京にいる父のもとに送り出してから1年半。
まさか父を巻き込んで会社をおこすことになろうとは、きっと母にも夢にも思わなかったのでしょう。

夕食を食べたあと部屋でブログを更新していると、突然壁を隔てて母のすすりなくような声が聞こえてきました。
「きっとテレビでも観ているのだろう」と気にも留めなかったのですが、翌日、母の口から驚くべき話を聞かされました。
父の机から見知らぬ女性と2人で写っている写真が見付かったのです。
父の不倫が発覚した瞬間でした。

(中略)

自分の利己的な欲求のために家族を裏切った男に、はちま起稿の運営を任せられない。
ここにきて初めて株式会社KDNの預金口座を確認したところ、まさかの事態が待ち受けていました。
これまではちま起稿がアフィリエイト広告で得た売り上げのうち、1500万円近くのお金が父に着服されていたのです。
着服した1500万円は、株式会社KDN設立以前から父が経営していた会社の損失補てんと、一獲千金狙いで手をつけたFXの穴埋めに使われていました。


順調な人生を歩んできた彼にとって、青天の霹靂。
“会社”だけでなく“家族”までもがどん底に突き落とされる事態になったのです。
超人気のブログ“はちま起稿”の裏には、こういった壮絶なエピソードがあったのです。

その後、さらに追い打ちをかけるかのように、はちま起稿は大炎上。

2chまとめブログがあまり乱立し過ぎたことで、2chユーザーの間で「自分たちの書き込みをネタにアフィリエイトで稼いでいる」とまとめブログへの反発が強まっていました。

ブログが炎上し、本名“清水鉄平”がリークされる。
そして小中高すべての卒業アルバム写真が流出。
株式会社KDNの存在が知られ、ついには神田のマンションの所在地が突き止められます。


■“ネット”の恐ろしさ
以上、簡単ではありますがはちま起稿月間1億2000万回読まれるまとめブロガーの素顔とノウハウ【電子書籍】[ 清水 鉄平 ]の第1章を簡単にまとめてみました。
本書ではこの記事とは比べものにならないくらい、生々しく表現されています。
まさに“ネット”の恐ろしさを再認識させるような本でした。

ただ、“はちま起稿”と“清水”氏の成長と生き様は、今後ブロガーを目指す人にとってとても参考になります。
昨今、プロブロガーの月間PVは100~300万PVが平均的であるな中、彼は1億2000万PVという桁違いのブログを作ったのですから。
そこまでに至る過程・ノウハウや裏話はとても興味深かったです。

この後、第2章についてはそんな“清水”氏が教える「すぐに役立つブログ運営のノウハウ」について記されています。
こちらについても後日まとめ記事としてアップしたいと思います。

はちま起稿月間1億2000万回読まれるまとめブロガーの素顔とノウハウ【電子書籍】[ 清水 鉄平 ]





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